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京都地方裁判所 昭和50年(わ)1227号 判決 1976年5月21日

主文

被告人を懲役三年六月に処する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(犯行に至るまでの経緯)

被告人は、中学校、京都経理専門学校を卒業後、鉄工所勤務、不動産業、金融業などの職を転々としたのち、昭和五〇年九月ころから妻子と別居し、京都市○○区○○町○○○○▽▽マンションの知人A方に寝泊りしながら無為徒食の生活を送っていたものであるが、同年一一月九日同市下京区内にある東本願寺の境内で当時定職もなく就職先を探していた乙山太郎と偶然知り合い、同人に仕事先を世話してやると言ったことから、以後、同人と行動をともにしているうち、同人から離婚した妻との間に甲野花子(当二一年)という娘があり、何とかして同女に会いたいとの身の上話を聞き、同女に会わせてやろうと考え、同月一一日午前三時ころ、同女が居住している大阪市○○○区○○○町マンション○○○○○○○○内B方に電話をかけ、同女に対して、「自分は七条署の刑事であるが、お父さんを京都駅で保護したから引取りに来てもらいたい。」旨告げて同日午前九時に同市中京区河原町通り四条角高島屋前で会うことを約した。

そして、同日午前九時三五分ころ、知人から借り受けた普通乗用自動車に右乙山を同乗させて前記高島屋前に赴き、既に同所に来ていた右甲野花子を乗せて同市北区北野白梅町の喫茶店、同市右京区龍安寺内の湯豆腐屋、さらには同区内嵐山渡月橋付近の屋台などに同道し、同女らと共に飲酒・食事などをしながら身の上話などをし、同女をして自分が刑事である旨誤信させたうえ、前記△△マンションに立ち寄り、三〇分ほど雑談したのち、同日午後六時三〇分ころになり、被告人が同女を近くの阪急○○○○駅まで送ることになった。

(罪となるべき事実)

被告人は、前記甲野花子を姦淫しようと企て、同女を近くの駅まで送ることを口実に自己の運転する前記普通乗用自動車に乗車させたうえ嵐山方面に向って進行し、途中方向の違うことに気付いた同女が何度も遅いので帰らせてほしいと要求するのを無視して昭和五〇年一一月一一日午後七時ごろ京都市○○区○○○○町×番地所在の○○○モーテル梅の間に乗り入れ、危険を察した同女が車から降りようとしないのをビール一本を飲んで話をするだけであると執拗に申し向けて同間客室に入らせ、ビール一本を飲んだのち同女が帰ろうとするや腕をつかんで引き戻し、同女に対し父乙山の面倒をみなかったことを難詰したうえ、「これから父にかわってお前に復讐してやる。しかし、服を脱ぎ土下座して謝ったら許してやる。」と申し向け、同女が拒否するや平手でその顔面を数回殴打し、畏怖した同女が全裸になって謝罪すると、「そのまま蒲団に入れ。そうでないと犯すぞ。」と申し向け、同女がやむなく蒲団に入るや被告人もまた全裸となって同じ蒲団の中に入り、同女の乳房や陰部をもてあそび、陰莖を同女の陰部に押しあてるなどし、さらに「おとなしくせえ。暴れたら中に入れるぞ。お前を殺しておれも死ぬ。動くと殺すぞ。」などと申し向けながら同女の首を締めるなどの暴行・脅迫を加え、同女の反抗を抑圧したうえ強いて姦淫しようとしたものの、同女が便所に行きたいと訴えて同間の客室から便所に入り、同日午後一〇時ころ、隙をみて便所の隣にある浴室に入りシャワーの止め金に足をかけるなどして同浴室の高窓に上り、その付近に設置されていたシャツターの上から約三メートル下の地上に飛び降りて脱出したため、姦淫の目的を遂げなかったものであるが、右脱出の際、同女に対して通院加療約三週間を要する右第四趾基部骨骨折、左足踵部打撲の各傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(累犯前科)

被告人は昭和四七年三月二五日京都地方裁判所において横領、詐欺罪によって懲役一年四月に処せられ、同四八年五月二五日右刑の執行を受け終わったものであり、右の事実は被告人の当公判廷における供述及び検察事務官作成の前科照会に対する回答書によってこれを認める。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法第一八一条(第一七九条、第一七七条前段)に該当するので所定刑中有期懲役刑を選択し、被告人には前記前科があるので同法第五六条第一項、第五七条により同法第一四条の制限内で再犯の加重をした刑期の範囲内で被告人の量刑について考えてみると、本件は別れた娘に会いたいという父親の気持と父親の身を案じる娘の心情を巧みに利用し、しかも、自己を刑事である旨巧妙に虚言を弄してこれを信用させたうえ、言葉巧みにモーテルへ連れ込み、執拗に暴行、脅迫を加えて姦淫しようとし、その結果被害者をして全裸のまま必死で脱出することを余儀なくせしめたうえ相当程度の傷害を負わせたもので、これによって被害者に与えた精神的肉体的な打撃は、はかりしれないものであり、その犯情は極めて悪質であるというべく、さらに被告人は本件と同種の前歴を有するほか、前刑出所後間もなく本件犯行を行なっているなどその責任は重大であるといわなければならないが、他面、幸いにも姦淫行為自体は未遂に終わっているほか、被害者の父親にも一半の責任があること、また被害者に対して謝罪し、少額ではあるが金五万円を慰謝料として支払い、被告人自身にも改悛の情が多少は認められないでもないことなど諸般の事情を考慮して、被告人を懲役三年六月に処し、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文により被告人に負担させることとする。

(弁護人の主張に対する判断)

一  強姦罪の中止未遂の主張について

弁護人は本件について、被告人は姦淫行為を積極的に止めたのであって、強姦罪の中止未遂であると主張するので、この点につき判断すると、いわゆる中止未遂が成立するためには、外部的な障碍によらない実行行為者の任意の意思によって実行行為を中止し、もしくは結果の発生を自ら積極的に防止することを要すると解されるところ、関係各証拠によれば、本件の姦淫が未遂に終わったのは、専ら被害者が被告人の執拗な暴行、脅迫にも拘らず必死に抵抗し、さらに、トイレに行くと言って全裸のままで浴室の窓から脱出したことによるものであり、被害者の右脱出行為の状況よりすれば極度の畏怖状態が継続していたというべきであり、また、トイレに行きたいという被害者の申し出に対しても被告人は当初「ここでせい。」と言い、大便であるというので漸く行かせており、被害者が廊下から被告人の様子を暫く窺っていた間も被告人は蒲団の中にいたのであって帰ろうとする気配はなく、却って被害者が便所から戻るのを待機していたことが推認でき、「もう帰ろうと言った」旨の被告人の当公判廷における供述は措信し難いばかりでなく、既に被告人が犯行継続の意思を放棄していたとは到底認めることはできないし、被告人の任意の意思によって姦淫行為を中止し、結果の発生を防止する行為をしたということはできないことが明らかであるから、従って中止未遂の成立は認められず、弁護人の右主張は採用しない。

二  強姦致傷罪を認定した理由

弁護人は、本件は被告人が任意の意思によって姦淫行為を中止した後に、被害者自らが負傷したもので、被告人の行為と被害者の負傷との間には因果関係がない旨主張するのでこの点につき判断するに、関係各証拠によれば、被告人は姦淫しようとして約三〇分以上にわたって被害者の上に乗るなどして暴行、脅迫を加えており、その間、被害者は必死で抵抗を続けていたもので姦淫の差し迫った危険が継続していたということができ、漸く便所に行くと偽って脱出したものであるから、被告人が任意に姦淫行為を中止し、姦淫の意思を放棄したと認めることができないことは前述のとおりであり、さらに、本件犯行現場であるモーテルの構造についてみると、表玄関口の窓口で料金を支払わない限りシャツターが開かないようになっており、たとい被害者が助けを求めたとしても、誰も来ないような密室構造になっているから、被告人がさらに暴行脅迫を行なう可能性が極めて高度な本件において、被害者がこれを避けるためには浴室の窓から脱出する以外に適切な方法はないものと考えられ、しかも右脱出行為は前記暴行、脅迫による畏怖状態が継続している間になされたものと認められるので、本件における被告人の暴行、脅迫と被害者の身体に発生した傷害の結果との間には、因果関係を認めることができるといわなければならないから、この点に関する弁護人の右主張は採用できない。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村上保之助 裁判官 隅田景一 裁判官 安原清蔵)

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